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IMY知財ニュース 2023年5月 発明の進歩性

1.はじめに

今月のIMY知財ニュースは、「発明の進歩性」について触れたいと思います。

新たに創作した発明について、特許権という独占権を得るには、法律(特許法)で定められた特許要件を満たすことが必要です。特許庁に提出した特許出願は特許庁の審査官によって審査され、特許要件を満たすものについては特許査定がなされ、特許要件を満たさないものについては拒絶査定がなされます。

 

 

2.特許要件としての「進歩性」

代表的な特許要件として、「進歩性」があります。進歩性は、出願発明が、公知技術(出願前に知られていた技術)に基づいて容易に想到し得ないことを意味します。

 

特許庁の審査段階で、多くの場合、先行技術文献の開示内容を根拠にして出願発明の進歩性を否定する拒絶理由が出されます。

 

進歩性の有無の判断は、出願発明が出願前に知られていた技術内容(発明)に基づいて「容易に」発明をすることができたか否かですが、容易か容易でないかの判断は人によって大きなばらつきがあります。容易か容易でないかの境界もあいまいで漠然としています。法律の趣旨は、通常の人が容易に思いつくような発明に対して排他独占的な権利を与えることは社会の技術の進歩に役立たないし、却って技術の進歩の妨げとなるので、そのような発明を「進歩性のない発明」として排除しようとするものです。

 

 

3.発明者(出願代理人)の判断と審査官の判断

発明者による発明活動は、一般的には、既存の技術内容に対して多くの時間と費用をかけて改良を重ね、より良い発明を生み出すものです。最終的なゴールが見えない中で試行錯誤を繰り返し、取捨選択をしながらその時点で最善の発明にたどり着きます。発明者の立場に立てば、努力の末にたどり着いた発明は全て進歩性を有するものです。

 

他方、出願発明を審査する審査官は、出願明細書に記載された発明をまず理解し、その発明に近い先行技術を引用し、先行技術から容易に想到し得るかどうかを判断します。先行技術に記載された技術内容と出願発明との間に相違点があれば、その相違点を埋め合わすための他の先行技術文献を引用し、2つの先行技術文献の開示内容を組み合わせれば出願発明に到達することは容易であり、進歩性がないという判断をすることが多いです。審査官は、発明者が努力の末にたどり着いた発明(最終的なゴール)を頭の中にいれ、先行技術からその発明に至るまでの道筋を考えます。言い換えれば、ゴールに最も近い先行技術文献を出発点とし、出発点から内容のわかっているゴールまでの過程が容易か否かの判断をすることになります。ゴールがわかっているため、いわゆる「後知恵」として出願発明にたどり着くのは容易であるという判断になりがちだと思います。

 

特許庁の特許審査基準では、いわゆる「後知恵」の審査手法を抑制するために、「請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき、他の引用発明を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。」との指針が示されています。

 

上記の審査基準に則ったとしても、最初からゴールが見えた形で審査を行う審査官と、努力の末に最終ゴールにまでたどり着いた発明者(出願代理人)とは、進歩性の判断においてなかなか一致しません。

 

そのため、出願人は、重要な発明であれば、進歩性欠如を理由に拒絶査定された場合にそれを不服として審判を請求し、審判官の審理によっても依然として進歩性欠如の審決が出された場合に、審決取り消し訴訟を提起します。

 

 

4.知的財産高等裁判所の判決例

以下に紹介する判決は、知的財産高等裁判所が特許庁審判部による進歩性欠如の判断を覆したものです。

 

[事件番号:平成27年(行ケ)10149号、平成28810日判決]

対象特許発明(特許第3884028号)の説明(抜粋)

対象特許発明は、港湾、河川、湖沼等の浚渫時にヘドロ、土砂等をすくいとる浚渫用グラブバケットに関するものです。

特徴(抜粋)は、以下の通りです。

・シェル1を爪無しの平底幅広構成とし、

・シェル1の上部にシェルカバーを密接配置するとともに、

・前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し、

・該空気抜き孔に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴みものを所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、・・・・

 

特許庁審判部による進歩性の否定

審判部は、主引例として引用発明1(特開平9151075号公報)を引用し、副引用例1として実願昭48-35543号(実開昭49-137262号)を引用し、さらに周知技術の適用によって本件発明の進歩性を否定しました。

 

引用発明1の代表図面は、以下の通り。

知的財産高等裁判所の判決の要旨

引用発明1には、シェルの上部にシェルカバーを密接配置する構成が記載されていないが、本件発明の出願当時、浚渫用グラブバケットにおいて、シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止することは自明の課題であったということができる。したがって、当業者は、引用発明1について、上記課題を認識したものと考えられる。

当業者は、引用発明1において、上記課題を解決する手段として、副引用例1に開示された構成を適用し、相違点に係る構成のうち、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」構成については容易に想到し得たものと認められる。

しかしながら、シェルの上部に空気抜き孔を形成するという周知技術は、シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり、この課題を解決するための手段である。

引用発明1には、シェルの上部が密閉されていることは開示されておらず、よって、当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難い。

当業者は、前記のとおり「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到した上で、同構成について上記課題を認識し、上記周知技術の適用を考えるものということができる。これはいわゆる「容易の容易」にあたるから、上記周知技術の適用をもって相違点に係る本件発明の構成のうち、「前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成」する構成の容易想到性を認めることはできない。

 

5.まとめ

上記の判決例は、本件発明と主引例との相違点1(シェルカバーを密接配置)に関して副引例を適用して相違点1を埋め合わすこと(ステップ1)は容易であるが、ステップ1を経て容易に得られた容易発明(これは公知発明ではない)に周知技術を適用してさらなる相違点(空気抜き孔)を埋め合わすこと(ステップ2)は、当業者にとって容易に想到し得ないものであるということを教示しているように思われます。

本判決例のように、いわゆる「容易の容易」にあたる場合は進歩性を否定できないとした事例や、出願発明にたどり着くまでに何段階かのステップを必要とするような場合には進歩性があるとした事例があります。

私どもは日々の業務で進歩性についての判断および主張を行っています。権利を取得する立場に立てば、一見して公知技術から容易に想到し得るようなものであっても、いろいろな理由をつけて進歩性があることを主張します。逆に、権利を無効にする立場に立てば、有効な先行技術文献を見つけ出し、いろいろな理由をつけて公知技術から容易に想到し得るという議論を構築します。

「進歩性」の判断・主張は奥が深いですが、思い通りに成功したときの喜びは格別です。

 

 

(H.I 記)